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 May.2004 part.4

 

 

 

 


川霧の流れる中川大橋。家路を急ぐ僕ら

 

5月23日 増水ムズムズ、ココロがザワザワ(宮川ダウンリバー)

季節外れの台風2号“NIDA”ちゃんが列島南岸をかすめた週末、僕はi-modeで川の防災情報で宮川の水位ばかりチェックしていた。金曜午前7:00の+79cm(渇水時比2mアップ!)をピークに少しづつ水位が下がり、土曜夕方には中川大橋の旧い橋脚の残骸が頭を出し、水が透明度を取り戻す目安である±0mとかなり落ち着いてきた。この時点で我が家の翌日の過ごし方は決まったも同然(笑)。当然ながら宮川ダウンリバーなのである。

目覚めると、空は低い雲に覆われた曇天。天気予報は曇り時々雨を告げているが、ここ半年は全くもって気象庁を信用してないので、準備を終え次第8:45に出発だ。9:10宮川・田口大橋下の河原に到着。


ペアルックで〜す!(田口大橋にて)

お着替えテント

まずはMaakunにクルマのそばにお着替えワンタッチテント設営を頼んで、お嬢様方が着替えてる間にDiscoのルーフにあるCAMPERとPATHFINDERの2艇を水際へ運ぶ...って言ってもDiscoの鼻先から川までは、ほんの3mなんだけど。
間もなく、アキヒロ家のランカスターが河原に到着。いずみちゃんの愛車Pandaのパンちゃんをゴール予定地の宮リバーパークにデポしてきてくれたとのこと。用意周到なアキヒロ家に感謝である。

目の前に広がる田口大橋の宮川は、川幅が1.5倍ほどに広がり流速も充分。すでに濁りもなくクリアな感じが嬉しい。積荷を2艇に分担して積込み、10:00ジャスト、心地良く流れる早瀬に乗ってスタート。
今日のテーマは「できるだけ多くのタンデムポジションパターンを試す」こと。
Azuを除き、ソロパドリングはそれなりに出来るようになったけど、1+1が3にも4にも化けるタンデムの愉しみは、まだまだ未体験ゾーンな我が家(まだ1+1=1.5程度でしかない)。


今日はアダルト艇&お子ちゃま艇でスタート

あっカワセミッ!

思い思いのペースで

宮川独特の岸壁が随所に

家族みんなが、どの艇でもどのポジションでも漕げることがパワーを3や4に変えることに繋がるのだ!などと考えているのでね。(バウの経験がない人がスターンに座ってバウに指示を出す愚かしさ...コレ、バウに座ると痛感するんです)
スタートからしばらくは“お子ちゃま艇&アダルト艇”...つまりCAMPERにPapa&Mama、PATHFINDERにMaakun&Azuでの川下り。既にソロでHUNTERを操るMaakunはスムーズなパドリングで、いつもより少し大きくて直進性の良いフネを下流へと運んでいく。CAMPERの僕らは正直なところモーターボート感覚(笑)。Mamaの細腕パドリングも実はなかなかどうしてパワフルなのである(そりゃ、いつもはソロで漕いでるんだから当然だけども)


曇天だけど無風!さざ波さえない

そもそもカナディアンカヌーってのは大人2人で乗れば、全く初めての人でもカンタンに直進してしまうフネなわけで、ただ進むだけなら全てのパドルスポーツで最も敷居が低い。ところがこの簡単さが災いして、ただ漕いでるだけじゃすぐに飽きてしまうのだ。
(全国のガレージに吊るされている無数の使われなくなったカナディアンカヌー...その原因はその“一見、簡単すぎる”ことにあると思うのだが...。)
ライニングダウンの必要がない水深がたっぷりある宮川。コース取りもそれほど気を遣うこともなく、ただただ流れに乗って周囲の自然を眺めているだけでカヌーは進んでゆく。まさに、ベルトコンベアに乗ってる感覚とでも言おうか?これぞ、チキンハートパドラーの夢見るダウンリバーなのだ!


一昨日の最大増水ラインがくっきり

この程度の瀬が続く

腹ヘッタコールでお菓子を補給

ヒネクレ者は狭い水路を

AzuとMaakunがタンデムを組むのは、実は去年のGWに古座川で初挑戦して以来のこと。
古座ではふたりともキッズパドルだったけれど、今回は揃って大人用パドルを使用している。彼らの小さな手には大人用の太いシャフトは少々辛いものがあるけれど(で、今回Maakunはネオプレングローブを使用。これが何とも玄人っぽくてカッコイイじゃん!...笑)、ブレードの小さなキッズパドルでチョコマカ漕ぐより、ブレードの大きなアダルトパドルでゆったり漕いだ方が強い推進力を得られる上に疲れ難いらしい。

ただし、Papaのバウに乗ってるよりはAzuの負担が大きいので、5kmほど漕いだところで、手のひらに出来た水疱が破れ、痛くてちょっとメソメソなAzuである。
(Azu、泣いてもいいよ〜!君は水疱が出来るほど一生懸命漕いだってことだからね。しかも水疱はグリップ側の右手。引きよりも押しが重要な基本が出来てる証拠。たいへんよくできました!)



上流から見た“鯨岩”


鯨岩に上陸

見事な絶壁に残る最大増水時の痕跡を観察したり、渇水時には通れない細い水路を通ったりして遊びながら流れていると、田口を出発してちょうど1時間で鯨岩に到着。カヌーを岩に着けてひと休み。
少年たちは...と言うか、全員は早速ロッククライミング。川の中心にぽっかり浮かんだ感じの鯨岩は、その周囲を岩にしがみついてトラバースして楽しむのに適した岩だ。下流側にはオーバーハングもあって、これがなかなかの難易度。時折降る雨に滑りやすい岩肌に張り付いてのトラバース...人工クライミングウォールとは違って、岩登り達者のMaakunもあえなく川に落下...雨中の水泳大会になってしまったのである。


鯨岩で安全安心トラバース大会

この後、Maakunは無事落水

雨がかなり降り始めたので、鯨岩の下流1kmの中川大橋の橋の下で雨宿り。折しも正午のサイレンが鳴り響いたので、ここでランチタイムとする。海も含めると今シーズン8回目の水遊び。ラーメン&オニギリの“川飯”はさすがに飽き飽きなので、今日はカヌーにユニセラを積み込んで炭火BBQ。takabooさんに教えてもらったJuscoの“サイコロステーキ”、“ブタトロ”などをバンバン網に載せて1kg用意したお肉を全て平らげてしまう我が家である。


旧・中川大橋の残骸をオーバーフローに乗って進む

中川大橋で2時間近くを過ごした後、CAMPERにMaakunと僕、PATHにAzu&Moe&Mamaが乗り込んで再び川の流れに乗る。ここからは先々週にも下った、宮川定番コース。僕ばかりか、MamaやMaakunでさえもルート取りに迷うことはない。鮠川大橋までは短い早瀬と長い瀞場が交互に現れる。
水量が多いとは言え、ここは宮川。熊野川のように“流れる瀞場”ではないので、瀞場になればやっぱりフォワードストロークで力強く漕ぐことが必要である。
右オンサイドの僕に合わせて左舷にパドルを出すMaakun(彼の本来のオンサイドは左なのだが、。左オンサイドのMamaとタンデムを組むうちにどちらでも可能...両利きでJストローク可能になってしまった。)
『Papaのバウはやっぱりスゴイね!舳先が波を切る水音がうるさいぐらいだもん!』

確かに、ふたりのタイミングがピタリと合うと、かなりのスピードのせいでバウでジャバジャバと盛大な水音がして、向かい風に乗って飛沫が顔に跳んでくるほどだ。
『今ならカヌーマラソンで1時間45分の記録が出せる自信があるよ。』とMaakun。
ホンキで出場したいと言い出しても困るので(笑)口には出さなかったけど、このスピードなら3年前の記録を30分短縮する1時間37分は余裕かもな、なんて大真面目に感じる僕である。

以前にMaakunとタンデムを組んだ時とは明らかに次元が違うスピードと漕ぎやすさ(バウで無意識にプライを入れてるからかな?)にニンマリしつつ、早くもChichoの河原へ。
岩場の河原に上陸して、ひと休み&ひと泳ぎし再スタートしてからは、宮川の勾配が少し急になり、久具都比売橋直前の田間の短い瀞場を挟んで、快適な早瀬が続く。少し波立った長い早瀬はかなりのスピード。川底の玉砂利を眺めてると目が回るほどの速さで後方に飛び去ってゆく。
後方のPATHの3人娘(ひとりだけオバサンだけど)からは楽しげな歌声が聞こえてくる。

♪さぁ、楽しい
ポーレチケッ!ポーレチケッ!ポーレチケッ!
歌いましょランラララン
踊りましょランラララン 
ポーレチケのリ〜ズムに弾むよボクたちわぁ〜♪

「楽しいポーレチケ」ポーランド民謡


昼食後はメンバー交代で3人乗り

休憩タイムもこのヒトたちは河童(涙)

“踊りましょ”を“漕ぎましょう”に変えて“ポーレチケ”の部分でパドルを漕ぎ漕ぎ(笑)。とにかくメチャ楽しそうな3人娘で、見てる僕まで楽しい気分である。

その時、右岸の田間の美しい河原(TOPページの“Our Main Campsite”の写真の河原です)を見上げながら
『ここでaki家と何度もニアミスしてたんだよなぁ〜!』
アキヒロさんが懐かしそうに話す。

アキヒロ家とネットを通じて知り合ったのは2000年の夏。ところが、実は本当の出会いはAzu&Moeが生まれる前(MaakunやKoukunが2〜3歳の時だから1994〜5年頃)、僕らが毎週のように宮川・田間の河原によく通ってキャンプ&デイキャンプしていた頃らしいのだ。

折りしも「アウトドアア」が流行し始めた年のGW、BBQerによる大量ゴミ廃棄事件で頭を痛めた度会町が全ての河原を鎖で進入禁止にしたことで、困り果てた筋金入りの川遊び家族が新たな遊び場探しにやってきていた。それがアキヒロ家だったというわけだ(そのころから河童家族なのね!)。

対岸の平生の河原からこの田間の河原を眺めていたというアキヒロ家。
『Eureka!のテントやL.L.Beanのタープ、それに赤いカヌーを覚えてるから、たぶんあれがaki家だったんだよなぁ〜!』
(この場所でその装備なら我が家に間違いないでしょう...笑)
宮川を挟んで長年会えなかった織姫と彦星...で、水着姿で“はじめまして!”したのが、確か2000年の7/7だか9だかの七夕の頃。
...野遊び人の世間は狭いのである(笑)

(その後、アキヒロ家とは半年以上毎回水着でHello!。だから秋に普段着で会った時、何とも言えない違和感があったなぁ...笑)


“歌声カヌー”なオジョウサマ艇


パワフルなバウマンを得て、快適な早瀬をゆく

以前から“カワセミの瀬”と呼んでる、宮川中下流部で最も透明度の高い早瀬で“お馴染みさん”となってるカワセミに出会い、久具都比売橋をくぐると、ゴールの目印である内城田大橋のオレンジ色が目に入る。ここから一之瀬川合流点までは熊野川のような“流れる瀞場”。ただ、気圧の変化なのか急に向い風が強くなる。
『大丈夫かぁ〜?』ちょっと遅れ気味のMama艇に声をかけると...
『平気よぉ〜!先月の大井川に比べたら、そよ風みたいっ!』おっ!言うねぇ!(笑)

内城田大橋をくぐり、一之瀬川合流点で川上がりにチャレンジしたりしながら(増水で流速が速くてMaakunと僕のタンデムでも漕ぎ上がりは無理でした...涙)、15:30に宮リバー度会パークにゴール。


必死のドローで岸に寄せる(ゴール)

5時間半で実際に漕いでたのは3時間足らず。2時間半は休憩&川遊びという贅沢な時間の過ごし方だったので、ほとんど、というか全く疲れを感じてないからか、パーキングまでの荷揚げを少しだけ手伝った子供たちは、ウェット姿のまま宮リバーパーク併設の遊具に直行!(涙)。
Mamaに荷物の番人を頼んで、パパたちはいずみちゃんのPandaのパンちゃんで田口大橋に残したDisco&ランカスターを回送に向う。パンちゃんが走り出してすぐ、大粒の雨がフロントスクリーンで跳ねる。何と言うタイミング!田口に着く頃には大雨になり、走ってクルマへ。
それぞれのクルマで宮リバーパークに戻ると、ゴールした時には公園に大勢いた家族連れの姿は全くなく、雨をモノともせずにワーワーキャーキャー遊具に興じるAzu&Moeの歓声が響くのみ。雨に濡れることを何とも思わない川から現れた異様な姿の彼女たちを見て、他の家族連れはかなりひいてただろうなぁ〜、なんて笑ってしまった。


大雨の中、田口からクルマを回送

大雨の宮リバーパークで遊ぶのは僕らだけ

カヌーを積み終えた僕らは、冷えたカラダを暖めるために、県道沿いのうどん屋さんへ。以前、カヌー屋さんのコマーシャルツアーのお手伝いをしてる頃、よく打ち上げで行ったココは、豊富なメニューと味音痴な僕でも違いが判る美味しさで印象に残ってるお店だ。讃岐直伝のうどんはもちろんだけど、サイドメニューの紀州名物・さんま寿司(たぶん大将が紀州人なんだろうな。紀州人のサクサクした雰囲気がするもん...笑)が絶品。今日は女将さんが『度会茶の新茶ですよ。』って何度も何度も新茶を煎れて下さるもんだから、居心地が良くて(笑)ココでついつい2時間も話し込んでしまった。


 

『あ〜あ、こち亀始まっちゃうなぁ。』なかなか離れようとしない子供達を無理矢理引き離し、アキヒロ家とサヨナラした僕らは、夕焼けの薄いピンクに染まる宮川沿いを上流に向けて走る。
中川大橋にさしかかった時、ふと上流を見ると、夕焼け空から湧き上がる白い川霧。
塊のような霧が宮川に沿って流れ下ってくるのが見える。美味しい伊勢茶を、そして松阪牛を育む宮川の川霧(宇治茶の大半はこの宮川沿いの茶畑で出来るし、松阪牛の飼育も宮川流域)。以前、白蛇のようにうねる宮川の川霧を見たことはあったけど、こうして流れ下る川霧の“雪崩”の瞬間を目にするのは初めて。中川大橋にDiscoを停めた僕らは、『こち亀』のことも忘れて飽きずにこの壮大な光景を無言で眺め続けた。


夕暮れの中川大橋にて

晴れ、降水確率0%、北西の風1m...金曜正午発表の天気予報とは、全く違う曇天や不意に降り出す雨にちょっと悔しさを感じていた僕だけど、この素晴らしい光景を目の当たりにすると『気象庁さん、ウソついてくれてありがとう!』そんな気持ちになるから不思議だ。
『そうよ、もし晴れてたら風が出てるかもしれないしね。漕いでる間は降らなかったわけだし、炭火でお肉焼いてる途中でさっきみたいな大雨になっってたらどうするの?運がイイって思わないとね。』Mamaの言葉にうんうんうんと張り子の虎のように頷く子供達。

欄干にもたれて風を感じながら川を眺めていると、間もなく川霧が僕らを包む。霧と辺りを覆う闇で見えなくなった宮川にペコリと一礼をした僕らは、川霧を抜けて家路を急いだ。

 

 

 

 

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